NHKの朝のドラマ「とと姉ちゃん」が大人気 ドラマモデルの大橋鎭子さんの自伝「『暮らしの手帖』とわたし」を読む

 NHKの朝の連続テレビドラマ「とと姉ちゃん」が大人気となっています。ドラマのモデルとなった大橋鎭子さんが書いた自伝「『暮らしの手帖』とわたし」(暮らしの手帖社)が出版されていることを知り、早速、購入しました。父の死で家長の立場から母や妹たちを守った大橋さんが、編集者の花森安治さんと出会い、国民の多くの女性に愛された雑誌を育て上げた過程が描かれています。大橋さんの行動力や優しい人柄、人との出会いの大切さなど、学びたいことがたくさんありました。何回かに分けて、大橋さんの自伝について書いてみたいと思います。

 まずは、「暮らしの手帖」についてです。

 これは あなたの手帖です
 いろいろなことが ここには書きつけてある
 この中の どれか 一つ二つは
 すぐ今日 あなたの暮らしに役立ち
 せめて どれか もう一つ二つは
 すぐには役に立たないように見えても
 やがて こころの底ふかく沈んで
 いつか あなたの暮らし方を変えてしまう
 そんなふうな
 これは あなたの暮らしの手帖です

 昭和23年9月20日発売の「暮らしの手帖」創刊号に載った「暮らしの手帖宣言」です。雑誌の編集方針について、編集長の花森安治さんが書いたものです。暮らしの手帖の目指すべきものが明確に盛り込まれています。

 暮らしの手帖の原点は、「親孝行をしたい」との大橋さんの願いにありました。長女の大橋鎭子さんが10歳の時、父が結核のために死去、それ以後、姉妹3人は、自分の着物や帯、指輪などを売ったりした母の苦労で過ごしてきました。父に代わって家長の立場から家族を大切にしてきた大橋さんでしたが、母への感謝の気持ちが強くありました。

 「こんどは、私が母を幸せにしなくてはなりません。祖父にも恩返しをしなければなりません。それには、人に使われていたのでは、収入が少なくてどうにもなりません。自分がなにかしなくては、といろいろ考えましたが、私は戦争中の女学生でしたから、あまり勉強もしていなくて、なにも知りません。ですから、私の知らないことや、知りたいことを調べて、それを出版したら、私の歳より、上へ5年、下へ5年、合わせて10年間の人たちが読んでくださると思います。そんな女の人たちのための出版をやりたいとおもいますが、どうでしょうか」

 着眼点の良さを感じることができます。

 大橋さんはこんなふうに、当時の「日本読書新聞」の田所太郎編集長に相談しました。田所編集長は、友人の花森安治さんを紹介、花森さんは、高校受験の時、母親が牛乳や卵を買って食べさせてくれたものの、合格した年の夏、母が心臓を患って亡くなってしまったことを話し、「ぼくは母親に孝行できなかったから、君のお母さんへの孝行を手伝ってあげよう」と、雑誌編集を引き受けました。

 家族を心から愛する。もう一度、自分も家族を大切にしなくては、とも思いました。

 創刊号は96ページで、「かわいい小もの入れ」「直線裁ちのデザイン」「ブラジアのパッドの作り方」「自分で結える髪」「自分で作れるアクセサリ」「ちょっとした暮らしの工夫」などが、その内容でした。衣、食、住に関する記事に、随筆を加えた構成でした。「毎日の暮らしに役立ち、暮らしが明るく、楽しくなるものを、ていねいに」と大橋さんは書いています。

 庶民の女性の立場に立つ。当時は、スターとか令嬢を対象とした婦人誌の中で、暮らしの手帖は新機軸を打ち出したと言えます。大橋さんや花森さんの視点の新しさが暮らしの手帖を軌道に乗せたとも言えるでしょう。

 ただ、苦労も多くありました。今のように機能している本の取次店がなかったため、雑誌をリュックに背負い、関東近県の本屋まわりをしました。作家からなかなか原稿をもらえないこともありました。雑誌に載るファッション関係のモデルは大橋さんや姉妹が務めました。大橋さんは、手の撮影にも応じ、「手優」とも呼ばれていました。

 昭和29年からは、暮らしの手帖の大きな柱となった「商品テスト」を始めました。商品テストは今では、珍しいことではありませんが、当時としては、画期的なものだったでしょう。先進性に富んだアイディアの良さを感じます。

 暮らしの手帖は、花森さんを中心に、7人でスタートしましたが、別冊「住まいの手帖」、ぬりえ、キッチンの研究、などと雑誌の幅は広がっていきました。

 「婦人家庭雑誌に新しい形式を生み出した努力」。

 花森安治と「暮らしの手帖」編集部は、昭和31年、第4回菊池寛賞を受賞しましたが、その授賞理由が、上記のものでした。「いただいたいちばんはじめの祝電が、未だお目にかかったことのない読者からだと知ったとき、みんなぼろぼろ涙を流していました」と大橋さんは述懐しています。 

 「戦後の日本に芽生え、そして高度経済成長期を経て、今の我々が失ってしまったものが、大橋さんと『暮らしの手帖』の物語には、あるように思うのです。それは、暮らしを大切にする心や、暮らしを調えるための時間、ひとりひとりの手にあった暮らしの技のようなものかもしれません。この本を読むと、きっと誰もが心の底深くに持っている『大事にしたい暮らし』を思い起こすのではないでしょうか」

 今回の「とと姉ちゃん」の脚本を手掛ける西田征史さんは、本について、こう語っています。この本を読むことで、もう一度、自分の暮らしを振り返る機会にしたいと思います。

【ポケット版】「暮しの手帖」とわたし (NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』モチーフ 大橋鎭子の本)

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