江戸城無血開城とは? 簡単に解説 立役者は誰で、会談場所は?

 江戸城無血開城は、日本の歴史を大きく動かしたものとして知られています。江戸城無血開城とはどんなものだったのでしょうか。簡単に解説します。また、江戸城無血開城の立役者は誰で、会談場所はどこだったのでしょうか。江戸城無血開城についてまとめました。

江戸城無血開城とは? 簡単に解説

 江戸城無血開城とは1868年(慶應4年)4月11日、戦火による犠牲者を出すことなく、江戸城が江戸幕府によって新政府に明け渡されたことを指します。

 新政府軍は、第15代将軍・徳川家康を追討するため、江戸城を包囲し、同年3月15日に江戸城を総攻撃する予定でした。しかし、その前日の3月14日、新政府と江戸幕府が話し合ったことによって、江戸城の総攻撃中止と江戸城無血開城が決められました。

 両軍が対決していれば、江戸の約100万人の人々が犠牲になったとされています。

 この江戸城無血開城とともに、江戸時代は終わり、明治維新政府が発足へと動き出しました。

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江戸城無血開城の立役者は誰で、会談場所は?

 江戸城無血開城の立役者は、

 薩摩藩の西郷隆盛
 江戸幕府の陸軍総裁の勝海舟

 の2人です。

 会談場所は、江戸の薩摩藩の屋敷でした。

 今は、「江戸開城 西郷南洲 勝海舟 会見之地」の円形の石碑(トップの写真)が、東京都港区のJR田町駅近くにあります。まさに、2人が江戸城の無血開城を決めた場所です。

 第一京浜を田町から品川の方向に歩いていると、左手です。江戸無血開城の会談場所まで知っている人は多くないでしょう。一度、訪れると、グーッと歴史が身近なものになります。

 歴史的な場所だったことがわかります。

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当時の江戸は?

 石碑には、江戸時代の地図も添えられています。屋敷の裏は海に面した砂浜で、九州の薩摩藩から船で送られてくる米などは、ここで荷揚げされたそうです。当時の賑わいが想像できます。

 地図を見ると、現在のJR田町駅は、海の中にあります。鉄道が敷かれたのは、明治5年(1872年)です。この付近が最後まで残った江戸時代の海岸線なのだそうです。埋め立てが時代を経る中で続いてきたことも理解できます。

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まとめ

 教科書で読むのとまた違って、史実がズシリと感じられます。歩いて、歴史を学ぶ。そんな歴史散歩は大切なものになります。

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