慶應義塾大学を創設した福沢諭吉は、米国留学中の長男、次男に6年間、手紙を送り続けました。アメリカ船が週に1回、あるいは2週間に1回、日米間を往復するのに合わせて、手紙を送り、その手紙は三百何十通に及びました。諭吉の文通の話を知って、私も親子の愛情を大切にしたいと改めて思いました。
「親子の間は愛情一遍で、何ほど年を取っても互いに理屈らしい議論は無用の沙汰である。これは私も妻も全く同説で、親子の間をなるたけ離れぬようにするばかり」
福沢諭吉は、著書「福翁自伝」の中で、こう書いています。諭吉は、アメリカの郵船の往来に合わせて、何か用がある時はもちろん、用事がなくても、毎便、手紙を送りました。手紙を書いて、家に置いておくと、奥さんが封をして宛名を書いて送ったため、「両親の親筆」(「福翁自伝」)のある手紙になりました。
「留学中手紙は毎便必ず必ず出せ、用がなければ用がないと言ってよこせ」と諭吉は、長男、次男に言っていたため、子供たちも、必ず、手紙を送り返しました。
「学問を勉強して半死半生の色の青い大学者になって帰って来るより、筋骨逞しき無学文盲なものになって帰って来い、その方が余程喜ばしい。仮初にも無法なことをして勉強し過ぎるな。倹約はどこまでも倹約しろ、けれども健康に係るというほどの病気か何かのことに付き、金如何にもなるということならば、思い切って金を使え、少しも構わぬから」
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諭吉は、2人の子供に、こう命じました。子供を思う愛情がたっぷり詰まっています。子供たちは、何と幸せだったでしょう。
今は、スピードアップで、世界の距離は近くなりました。また、メールを利用すれば、即時にコミュニケーションを図ることができます。諭吉の生きた時代とは事情が異なりますが、今でも、親子の愛情の貴さは変わりません。
私も子供たちを大切にしています。私がいいと思った本をプレゼントすることにしています。また、本の重要箇所、面白いと思った部分を抜き書きしていますが、それらの箇所を本からコピーし、大型のカードに貼り付けて渡しています。
愛用の手帳には、月間カレンダーのページに、妻や長男、長女の名前を書き、「一緒に夕食、カレーを食べる」「長男は残業で帰宅は午後10時」「長女の誕生日」「長女は会社の送別会」などと日々の出来事を書き留めています。見返した時は、貴重な家族史となります。
日々の、小さな出来事を大切にしていきたいと思っています。
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