映画「殿、利息でござる」の原作「無私の日本人」(磯田道史著)を読む 私を捨て公のために尽くした日本人に光をあてて

 映画「殿、利息でござる」の原作となったのが、「無私の日本人」(磯田道史著)の中の一遍「穀田屋十三郎」です。何回も読み返しています。

 藩に大金を貸し付けて、その利息で、荒廃著しい町の再建を図る――。封建社会・江戸時代における、その奇策とともに、私を捨てて公のために尽くした無私の日本人がいたことが印象的でした。

 歴史は、傑出した偉人だけで作られてきたのではありません。そんな無私の日本人に焦点をあてた磯田氏のセンスの良さも光ります。

 舞台は、江戸中期、東北・伊達藩内の吉岡宿です。重い年貢に加えて、宿場町として人馬の徴発を義務付けられ、家業廃業や夜逃げで、荒廃が進む一方でした。

 「このままでは吉岡宿はつぶれてしまう」。こんな危機感を抱いた穀田十三郎(造り酒屋経営)は、吉岡宿きっての知恵者と言われた茶師の菅原屋篤平治に相談します。

 「千両を伊達藩に貸し付けて、利息を受け取り、その利息で宿場町の再建にあてる」というのが篤平治からの提案でした。まさに、知恵者ならではの奇策です。金を取られる側から、金を取る側にまわる。2人は、その奇策を推し進めることにしました。

 千両は今の金額に換算すると、3億円に相当します。廃れ行く宿場町で、こんな大金を集めるのは容易ではありませんでしたが、2人は、宿場町の大権力者・大肝煎(大庄屋)、肝煎(庄屋)、名家など計7人を次々に説得し、千両を集めました。9人は私財を投げ打って、千両集めに協力しました。

 「かねて、入り馴れていた銭湯へは入らず、朝暮、行水をいたし、その間には、飲食を絶ち、祈願」。当時の資料集「国恩記」は、穀田十三郎と菅原屋篤平治の2人の節約ぶりをこう書いています。

 封建社会の中で、奇策を、お上に提案するのは、打ち首覚悟のことでしたが、9人は藩と辛抱強く交渉を進め、奇策を現実のものにしました。

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 アイディアに富んだ奇策ですが、大胆過ぎるものでもあり、次の展開はどうなるのかを考えて、一気に小説を読むことができます。奇策を軸に、無私の庶民が次々に現れ、躍動感あふれて物語が進行します。

 歴史に登場するのは、一時代を画した大人物が中心ですが、この「無私の日本人」を読むと、多くの庶民も脈々と着実に、歴史の一端を作ってきたこともわかります。こんな庶民の生活ぶりから日本史を読み直したら、新しい発見がきっと、あるでしょう。磯田氏の作品を読むのが楽しくなってきます。

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