「腕くらべ」や「濹東奇譚」などで知られる小説家の永井荷風(1879年-1959年)は、日記で時代の流れを克明に記録しました。後世に資料を残す気概で、社会や自分の日々の出来事を書き続けました。自分の別号「断腸亭」から名前を取った「断腸亭日乗」の日記は、大正から昭和にかけての貴重な、生きた歴史書にもなっています。
「今日以後余の思ふところは寸毫も憚り恐るる事もなくこれを筆にして後世史家の資料に供すべし」
永井荷風は、「断腸亭日乗」で、こう書いています(日乗は日記の意味です)。
荷風は、日々の出来事をメモ帳に鉛筆で一字一字書き留めました。そして、そのメモ帳をもとに、出来事をノートにペンで書き写しました。昭和16年(1941年)の日米開戦や昭和20年(1945年)の東京大空襲などの歴史的な事実をはじめ、東京・銀座や浅草の風俗、カフェーの様子、食物の値段、季節感などが書かれています。
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「新聞紙は例の如く沈黙せるを以て風説徒に紛々たるのみ」
昭和17年(1942年)4月19日の日記では、戦争に突き進む軍を批判しない新聞を皮肉っています。
「一白米一升 金拾円也 一するめ一枚 一円也」
昭和19年(1944年)の物価は、当時を知る貴重な資料になっています。
「百舌始て鳴く」「赤蜻蛉とびめぐり野菊の花さかりとなる」
大正6年(1917年)10月3日、4日の記述は季節の変化をとらえています。
後世に資料を残す――。その気概通りです。日記を単に、個人だけのものにするのではなく、さらに大きな視点で書いていく。そんな心意気が大切なことがわかります。
作家の佐藤優さんも、日々の行動を記録しています。
永井荷風のような一流の筆力はなくても、一人一人が日々の出来事を記録していくことはできます。そんな記録が集まれば、ユニークな時代史の一断片になるでしょう。