日本人の素晴らしさを実感 著書「人生に悩んだら『日本史』に聞こう」

 著書「人生に悩んだら『日本史』に聞こう」(ひすいたろう、白駒妃登美著、祥伝社)を繰り返し読んでいます。読書人に人気の書店「読書のすすめ」(東京都江戸川区篠崎)で2年前に購入した時は、あまりの面白さに一夜で読み切ったほどです。日本人の素晴らしさが実感できる一冊となっています。

 面白い話が満載ですが、まずは、私が一番、感動した話から紹介したいと思います。1918年、ロシアから独立を勝ち取った東欧・ポーランドの話です。独立を前に、ポーランドの人々は何度もロシアに対して武装蜂起し、多くの男性が捕虜となって、シベリアで強制労働を強いられました。十数万人ともいう男性の元には家族が駆けつけ、多くの子供が生まれました。しかし、シベリアの生活は過酷で、子供たちは一部が孤児となり、飢餓と疫病の脅威にさらされました。ポーランドは、孤児らの救済を求めましたが、当時は、第一次世界大戦後の混乱期で、 欧米諸国は受け入れません。

 ここで救済に立ち上がったのが日本でした。日本赤十字社は765人の子供を日本に招き、歯科治療や散髪に当たるとともに、衣服やお菓子、おもちゃなどをプレゼントしました。なかでも、23歳の看護婦、松沢フミさんは、腸チフスにかかった子供に対して、「せめて私の胸の中で死なせてあげたい」と献身的に看病しました。その子供は奇跡的に回復しましたが、フミさんは腸チフスに感染して死亡しました。

 孤児らの子供たちは、まもなくポーランドに帰国します。当時は大正末期で、日本も貧しい時期でした。

 「日本は貧しい。しかし、高貴だ。世界でただ一つ、どうしても生き残ってほしい民族を挙げるとしたら、それは日本人だ」。当時、駐日フランス大使で、詩人だったクローデル氏はこう語っています。白駒さんも、「私たちの先祖は、こんなにもかっこよかったんです」と書いています。
 
 後日談もあります。1995年の阪神淡路大震災の際、いち早く、救済活動に立ち上がったのがポーランドでした。その年の夏、被災した子供たちがポーランドに招かれ、ホームステイする中で、交流し、寄付などを受けました。翌年も同じように、被災児は招待されましたが、この時は、75年前、日本にやってきたポーランドの孤児たち4人も高齢をおして、会場に駆けつけ、当時の感謝の気持ちを述べ、日本の子供たちに励ましの言葉をかけました。

 中・東欧諸国の共産政権が相次いで倒れた「ベルリンの壁崩壊」(1989年)の時、私は取材でポーランドを何回か訪れたことがあります。自主労組「連帯」のワレサ委員長に取材するため、本部のあるバルト海に面する町グダニスクに行ったこともあります。当時は政権が崩壊する中で、政治的緊張が続いていましたが、上記のようなポーランドと日本の話を知っていたら、ポーランドの人々ともっと話が弾んだのではないかと思っています。

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  もう一つ話を紹介しましょう。

 1985年のイラン・イラク戦争の際、トルコは、イラクの総攻撃を前に、イランの首都テヘランに閉じ込められた日本人を脱出させるために、救出の飛行機を飛ばしました。これは、1890年、トルコ軍艦が和歌山・串本沖で座礁、沈没したことが背景にあります。この事故では、死者、行方不明者は587人に及 びましたが、生き残った69人を、地元の人々が救助、貧しいながらも食料などを提供しました。その時の恩義が今にも残り、トルコ政府がこれに応えて飛行機を飛ばしたものです。

 当時の新聞も、両国間の話を報じたので、知っている人も多いでしょう。トルコが親日的なのは、こんな逸話が大きな影響を与えています。

 草の根の人々の小さな交流が、国をも動かす。こういう話が国同士の交流の深化につながればいいと思います。

 そのほかにも、この本には、東京オリンピック招致のため、私財を投げ打って奮闘した日系アメリカ人のフレッド和田さんの話がでてきます。東京オリンピック開催で日本の高度経済成長は始まったと言われています。この底流を作ったのが和田さんとも言えます。

 豊臣秀吉や伊能忠敬、福沢諭吉、西郷隆盛、吉田松陰、北里柴三郎などの人物も登場します。先人の粋な生き方、人生の楽しみ方、愛される理由などが詳しく書かれています。

 一つ一つ読んでいくと、日本人で良かったなあ、と、とても豊かな気持ちになれます。

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