イギリス政局は、EU(欧州連合)との間の離脱協定案が英議会(下院)で3回否決された結果、その責任を取って、テレサ・メイ首相(保守党党首)が辞任、後任党首を選ぶ選挙が行われ、ボリス・ジョンソン前外相が党首に選ばれました、同氏は、首相に就任しました。
ジョンソン氏は10月末の離脱時期に向けて、「合意なき離脱」も辞さない姿勢を示しています。下院構成から、そのまま、すんなりと、「合意なき離脱」になるとは限りませんが、「合意なき離脱」は、何の条件や規定もなくEUから離脱するものです。
具体的に、どんな状態を指すのでしょうか。経済的・社会的影響も含めて探ってみました。
◇離脱協定案
離脱協定案は、2018年11月末、英国政府とEUが合意に達したもので、離脱後の双方の関係を規定した「政治宣言案」とセットになっています。離脱協定案の骨子は具体的に以下のようなものとなっています。
1.英国に在住するEU市民、EUに在住する英国民の権利をこれまでと同様、保障する。
2.英国は2020年まで、EU予算の分担金を支払う。
3.アイルランド国境管理問題の混乱を避けるため、2020年末までを「移行期間」とし、その間、英国はEUの単一市場・関税同盟に残留する。
4.アイルランド国境管理問題が上記の「移行期間」終了までに解決できない場合は、「安全策」として、英国が引き続き、EUの単一市場・関税同盟に残るか、「移行期間」延長(最長2年)を認める。
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◇合意なき離脱とは?
離脱の条件や、「安全策」など混乱回避を狙ったさまざまな措置がないまま、英国が2019年10月末にEUを離脱することです。上記の離脱協定案が宙に浮くわけですから、英国、EU双方で大混乱に陥るであろうことが容易に想像できます。
無秩序な離脱とも言われています。
加盟国が離脱するのは、拡大を続けてきたEU史にとって初めての事態です。過去になかった政治、経済、社会状況が生まれます。
◇影響、混乱は?
では、どんな影響、混乱が具体的に予想されるのでしょうか。まずは、離脱協定案と反対の事態を予想してみるといいでしょう。
たとえば、
英国在住のEU市民、EU在住の英国民の権利が保障されなくなる。
EU離脱の清算金だったはずの分担金が支払われなくなる。
国境復活で、英領・北アイルランドで宗教対立が再燃化する。
これだけでも、深刻な事態です。
◇さらに、混乱へ
さらに、国境で税関審査が復活すれば、これまでと違って自由往来はできなくなり、国境通過に時間がかかります。大動脈の英仏間トンネルなどで物流は大きく停滞することになります。企業は、コスト増を強いられます。
英国がEUである間は、EU域内を自由通行できましたが、EUを離脱したら、航空機の便数などを盛り込んだ航空協定を新たに結ばなくてはなりません。航空協定締結までは、空の足が大きく乱れそうです。
英国がEUを離脱したら、15年後には、国内総生産(GDP)が9%程度減少する――との試算も出ています。また、国際通貨基金(IMF)も、英国経済がマイナス成長になると分析しています。
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◇なぜ、離脱協定案に反対? その理由は?
では、こんな混乱が予想されるのに、離脱協定案に反対が多かったのはどんな理由にだったのでしょうか。
特に問題視されているのが、アイルランド国境管理問題に関する「安全策」です。
英国はEUからの離脱によって、国家主権を取り戻そうとしているのに、この「安全策」の下では、英国は、EUの法律やルールに縛りつけられてしまうという不満が背景にあります。
分担金は負担するのに、EU加盟国ではないため、他の加盟国と同様に政策協議に関与できない――これでは、英国の国家主権が尊重されないという見方です。何のための離脱か、離脱になっていないとの声が高まっています。
EUとの合意がなくても、イギリスはEUから離脱する。これらが、「合意なき離脱」を求める大きな根拠になっています。
◇保守党党首選
保守党の下院議員313人が複数回、投票を行いました。毎回、得票数下位の候補を除外しながら投票を繰り返し、最終的に、強硬離脱派のボリス・ジョンソン前外相、穏健離脱派のジェレミー・ハント外相に2人の候補を選びました。この2人を対象に、約16万人の党員による決選投票が行われ、最終的に、ジョンソン前外相が新しい党首が選出されました。
◇合意なき離脱となるか
ジョンソン氏が首相に就任しましたが、「合意なき離脱」が議会で可決される可能性はあまり高くありません。議会では、「合意なき離脱」を支持する議員は現時点で、過半数に達しないからです。
下院650議席のうち、与党・保守党は313議席を保有しますが、たとえ全員が「合意なき離脱」を支持しても、過半数を獲得できません。保守党内には、「合意なき離脱」に反対する議員もいます。
野党・労働党(247議席)には、「合意なき離脱」を支持する議員はほとんどいません。
ジョンソン氏が「合意なき離脱」を議会に諮った場合、野党・労働党が、内閣不信任案を提出、これに、与党・保守党内の穏健離脱派が同調する可能性があります。内閣不信任案が可決されれば、総選挙となり、政局はさらに混迷化します。
10月末のEU離脱も実現しなくなるでしょう。
◇収拾策
「合意なき離脱」の高まりに対処するため、英国政府、EUはすでに、収拾策に乗り出しています。英国政府は昨年12月18日、新たに導入することになる国境や税関検査のため費用、治安対策などのために、20億ポンド(約2850億円)の予算を計上しました。
また、EUの行政執行機関・欧州委員会も12月19日、EU加盟国在住の英国民の権利を保障するとともに、英EU間の航空機の運航を継続して認める措置を打ち出しました。
◇まとめ
イギリスにとって、今後は、EUとの再交渉、解散総選挙、2度目の国民投票実施などが次の選択肢として挙がってくると考えられます。ただ、どのケースにしても、すんなりと解決策を見出すことは難しくなっています。
また、イギリスの経済界には、混乱を予想して、「合意なき離脱」を回避するよう求める声も強くあります。議会もまとまらず、経済界や国民の声も反映されない。まだまだ、「出口」は見つかりそうもありません。