英国の代表的な建物である時計塔ビックベンと国会議事堂周辺で3月22日に起きたテロ事件は、ホームグロウン・テロリストの男が実行犯であることがわかり、改めて、その存在が浮き彫りになりました。ホームグロウン・テロリストとはどんな犯罪者を言うのでしょうか。また、ホームグロウン・テロリストの増加を受けて、テロの形態が従来に比べて変質してきました。どう変わったのかも探ってみました。
◇ホームグロウン・テロリストとは?
Homegrown Terrorist
ホームタウン・テロリストの英語表記は、こんな形になります。文字通り、国内で育ったテロリストという意味です。4人が死亡した今回のテロ事件の実行犯の男(射殺されて死亡)も、英南部ケント州で生まれ、英南東部や中西部の町で生活してきました。2005年、2008年にサウジアラビアに渡航して英語教師を務め、帰国後も、英国内で、外国人のための英語教師などをして生計を立てていました。犯罪歴はなく、表面上は、普通の市民でした。
◇特徴
では、なぜ、この男がテロに走ったのでしょうか。それは、男が過激派組織「イスラム国(IS)などの過激思想に感化されてきたためです。捜査当局は、男がサウジアラビア滞在中、過激思想に傾倒したのではないかと見ています。男は、イスラム国と直接、接触していないとみられ、インターネットなどを通じて、過激思想に染まったとされています。
ホームグロウン・テロリストは、ある意味で、インターネットの「産物」であるということもできます。今後、このテロリストが格差拡大などの影響を受けて、さらに暗躍する恐れがあります。
◇不気味さ
普通の市民が突如、テロリストに豹変する--。ホームグロウン・テロリストの恐ろしさは、こんな点にあります。犯罪歴がなければ、捜査当局の手は及びません。ホームグロウン・テロリストは周到に、テロ行為の準備を進めることができます。そして、多くの市民が集まる空港や駅、劇場、レストランなどで、最大の犠牲者が出るようにテロを企てます。今回のテロ現場も、時計塔ビックベンと国会議事堂周辺でした。
「ローンウルフ(一匹おおかみ)」と呼ばれるテロリストです。一般市民としては、防ぎようがありません。
◇テロの形が変質
これまでのテロは、過激派組織がテロリストを訓練で育て、そのテロリストをイスラム過激思想に反発する国や地域に送って企てるのが通常でしたが、ホームグロウン・テロリストの増加で、テロの形が変ってきたと言えます。弱体化しつつあるイスラム国は、直接、テロに関与していなくても、「犯行声明」をたびたび出しています。自らの組織の強大さを誇示する絶好の機会になるからです。
ローンウルフがテロを実行し、イスラム国が犯行声明を出す。今後、こういう形態のテロが増えそうです。
◇いつから変質
2001年の米中枢同時テロ事件は、テロリストが飛行機を乗っ取り、世界貿易センタービルや国防総省本庁舎に突っ込むという衝撃的で悲惨なものでした。これは、まさに、従来型のテロでしたが、この後から、ホームグロウン・テロリストによるテロ事件が増えてきました。
2004年、オランダで起きた映画監督殺害事件が最初と見られています。この事件では、イスラム教に批判的な映画を制作した監督が9人のオランダ人テロリストに殺害されました。以後のホームグロウン・テロリストによる主な事件は以下のようなものがあります。
2009年11月 米国フォートフッド陸軍基地での軍医による銃乱射事件
2013年 4月 米国ボストンマラソン爆弾テロ事件
2014年10月 カナダ・オタワの連邦議会議事堂などでの銃乱射事件
2015年 1月 フランス・パリでの週刊紙「シャルリー・エブド」社襲撃テロ事件
11月 フランス・パリでの競技場、レストラン、劇場での同時テロ事件
2016年 6月 米国オーランドのナイトクラブで自動小銃乱射テロ
◇まとめ
2015年11月のテロ事件では130人が死亡するなど、どの事件も死傷者が多く出ています。ホームグロウン・テロリストによる犯行をどう防ぐか。簡単ではありませんが、今後、大きな課題になってくることがわかります。
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◇
国際テロ事件を読み解くキーワードとしては、「イスラム国」があります。イスラム国については、3つの記事を書いています。合わせて、読んでいただければ、国際テロ事件についての理解が深まると思います。
イスラム国とは?①
◇イスラム国(Islamic State)の特殊性
国家を名乗っていますが、国際社会の通常の国家とは大きく異なります。国家形態・組織は整っておらず、イスラム国家樹立という自らの主張をテロを通じて訴える過激派組織になっています。イスラム国を承認した国家はなく、イスラム国が発行したパスポートも使用不可能です。世界各地で、テロを続行する手口を見ると、その特殊性が際立っています。
◇国家樹立宣言
指導者のアブ・バクル・アル・バグダディ容疑者が2014年6月末、イスラム国の樹立を宣言しました。前身は、イラク戦争(2003年)後に生まれたイスラム・スンニ派過激組織で、2011年に発生したシリア内戦の混乱に乗じて勢力を拡大してきました。シリア北部からイラク中部までを領土としています。
バグダディ容疑者は自らを、イスラム教預言者ムハマンドの後継者・カリフであると名乗り、全世界のイスラムシーア派教徒に対して、自分に従うよう求めています。
◇中東地域の国境線の変更を要求
中東諸国の国境線は第一次世界大戦後、英仏など欧州諸国が線引きしたもので無効であるとして、国境線を変更するよう求めています。現在は、シリア、イラク国内を領土にしていますが、将来的には、スペインからトルクメニスタンまでをイスラム国にしようと画策しているともみられています。
◇イスラム国の実態
バグダディ容疑者を頂点に、実働部隊は約1万人です。首切りによる処刑映像が度々、流されるように、残虐性を強めています。イスラム国の主張に沿わないものは排除するという姿勢です。
◇世界各地でテロ
米軍主導で空爆が行われ、イスラム国はシリア、イラク国内で窮地に陥っているとみられています。この劣勢を挽回するかのように、イスラム国は、世界各国で、テロを起こしています。35人が死亡したベルギーの事件(今年3月)、130人が死亡したフランスの事件(昨年11月)などで犯行声明を出しています。
処刑映像で、英語が時々話されるように、イスラム国に加わる外国人戦闘員も目立ち始めています。イスラム過激思想に染まる外国人も増えており、それらの過激派が自国内でテロを働くケースも目立ってきました。
国家とは自称するものの、テロ行為を強めるイスラム国家。国際社会は、このイスラム国家にどう立ち向かうか大きな課題を直面兆しています。
イスラム国とは?② 拠点は縮小へ
イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」がイラクやシリア、リビアで、重要拠点を相次いで失っています。各国政府軍などが米軍の空爆の支援を得て、ISの重要拠点を奪還したためです。ISは追い詰められてきましたが、窮地を脱するため、世界で再び、テロを起こすのではないかとの懸念も強まっています。警戒が必要です。
ISが2016年に失った軍事拠点は以下の通りです。
6月17日 イラク軍が米軍の空爆支援で、イラク中部の要衝ファルージャを奪還。
8月11日 リビア暫定部隊が米軍の空爆支援で、リビア中部のシルトをほぼ奪還。
シルトは、イラクやシリア以外にある唯一の軍事拠点で、ISは、シリアの「首都」
ラッカに次ぐ第2の軍事拠点にしようとしていましたが、この試みは失敗に終わり
ました。
8月12日 シリア民主軍が米軍の空爆支援で、シリア北部の要衝マンビジュを奪還。
マンビジュは、トルコ国境まで約30キロの都市で、ISにとっては、「首都」ラッ
カとトルコ国境を結ぶ重要な補給拠点となっていました。
いずれもISが重要な軍事拠点としてきたものばかりです。大きな打撃で、今後、ISがさらなる劣勢に追い込まれることが予想されます。米軍主導の有志国連合や各国軍は、これらのIS拠点壊滅を受けて、さらに、IS勢力の追放の姿勢を強めています。特に、力を入れているのが、「首都」ラッカと、イラク北部の重要拠点モスルの制圧です。
ISの根絶は簡単ではありませんが、この動きの中で、ISがテロを再び、企てるのではないかとも見られています。ISはテロ専門機関を持っており、欧州やアジアなど国別にテロ計画を立て始めたともされています。
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イスラム国とは?③ なぜ、ソフトターゲットを狙うのか
イスラム過激派組織(IS)が、ソフトターゲットを狙ってテロ攻撃を行う姿勢を強めています。ソフトターゲットとは?また、ISはなぜ、ソフトターゲットを狙うのでしょうか(写真は、産経新聞の記事=8月6日付=。イスラム国が、ロシアに対して、ジハード=聖戦=を行うと発表。これに対して、ロシアが警戒を強めていることを報じています)。
◇ソフトターゲットとは?
警備や警戒などが比較的緩くて、攻撃のしやすい施設や場所、市民などの標的を指します。具体的には、劇場や映画館、レストラン、ホテルなど多数の人が集まる施設などが対象です。これに対して、軍基地や軍事施設、兵員などは警備などが厳しく、攻撃が難しいため、ハードターゲットと呼ばれます。どちらも軍事用語ですが、テロの激化で一般用語としても定着してきました。
◇なぜ、今、ソフトターゲットがテロの対象に?
攻撃のしやすさが一番の理由です。ほぼ無防備な施設、人物などが対象ですので、テロが失敗に終わる可能性がとても低くなっています。多くの人々が集まる場所で一度、テロを起こせば、死傷者も増えるため、ISの主張、脅威を一挙にアピールすることもできます。特に、ISはシリアやイラク、シリアなどで拠点崩壊に追い詰められており、小規模の攻撃部隊でテロを起こすことが難しくなっています。軍基地などに対しては、爆弾を積んだ自動車で突っ込む自爆テロを行うケースがあります。
ソフトターゲットへのテロは激化へ
トルコからの報道によると、20日夜、同国南部ガジアンテプの結婚式場で爆発が起き、少なくとも54人が死亡、94人が負傷しました。犯行声明は出ていませんが、エルドアン大統領は、ISによる自爆テロであると述べました。
昨年11月、フランス・パリ市内の劇場でのテロで130人が死亡したのをはじめ、今年3月のベルギー・ブリュッセルでのテロ事件(35人死亡)、今年6月の米コロラド州オーランドのナイトクラブでのテロ事件(49人死亡)、今年7月のバングラデシュ・ダッカの飲食店のテロ事件(日本人7人を含む20人が死亡)などが起きています。
◇トラックで突っ込む
今年7月14日のフランス革命記念日には、仏南部ニースの遊歩道で、男性が大型トラックで大群衆の中に突っ込み、銃撃するという事件が起き、少なくとも84人が死亡、202人が負傷しました。犯行声明は出ていませんが、この事件は、トラックを凶器にするという新たなテロ事件の一形態を示しました。IS幹部は、「爆弾や銃がなければ、刃物で人を刺し、トラックで群衆に突っ込め」と再三、指示していると言われます。
貧困や差別を理由に、ISの主張に同調するイスラム過激派の若者も増えています。各国の警備当局は、テロ首謀者を水際で摘発する体制を強化していますが、こうした国内で育った過激思想の若者がテロに走る危険性も高まっています。