東京・品川区に「品川区立大森貝塚遺跡庭園」があります。この大森貝塚の発見はいつで、発見者は誰でしょうか。また、教科書にも載る大森貝塚はなぜ有名なのでしょうか。大森貝塚はどこかの「本家」論争も含めて、大森貝塚についてまとめました(トップの写真は「品川区立大森貝塚遺跡庭園」にある「大森貝塚」の石碑)。
大森貝塚の発見はいつで、発見者は?
147年前の今日。1877年6月19日、来日したアメリカの動物学者モースが、横浜から東京に向かう汽車の窓から貝殻の堆積を発見。これが大森貝塚で、彼が行った考古発掘は日本で初めての学術的発掘でした。モースはこの年できた旧東京大学に招かれ、理学部の初代動物学教授となりました。 #今日は何の日 pic.twitter.com/gRGJPJWOWk
— 東京大学 | UTokyo (@UTokyo_News) June 18, 2024
大森貝塚の発見は、明治10年(1877年)で、発見したのは、動物学者のエドワース・モース博士(米国)です。
モース博士は明治10年(1877年)6月、横浜から新橋へ向かう途中の車窓から、貝殻が堆積している場所を発見しました。同年9月からの発掘調査の結果、貝殻のほか、土器、石器なども見つけ、大森貝塚であることを裏付けました。
教科書に載る大森貝塚はなぜ有名?
1877年6月19日
◆大森貝塚◆
1877年6月17日動物学者エドワード・モースが19日に横浜から新橋へ向かう途中,大森駅を過ぎてから直ぐの崖に貝殻が積み重なっているのを列車の窓から発見,許可を得た上9月16日に発掘調査を行った。助手ら3人とともに土器、骨器、獣骨を発見,出土品は,全て国の重要文化財に。 pic.twitter.com/Exa7XF7Hcx— kazu (@kazu409366471) June 18, 2022
教科書に載る大森貝塚はなぜ有名なのかというと、大森貝塚の発掘が、「日本考古学の発祥の地」となったからです、以後、日本の考古学、人類学は飛躍的に発展しました。
大森貝塚の現地を歩いてみると
<2024.10.12>#東京都 #品川区#大森貝塚遺跡庭園
1996年開園。大森貝塚は1877年エドワード・S・モース博士が横浜から新橋に向かう車窓から発見した貝塚。日本で最初に学術調査が行われた"日本考古学発祥の地"です。園内にはモース博士の銅像があります。大森貝塚碑は線路脇ギリギリに建っています。 pic.twitter.com/MHxqhmHX4O— スミスさん (@smith51350) October 30, 2024
JR大森駅を西口で下車し、池上通りを約3分、北上すると、道路の右手に、「大森貝墟」の石碑が建っています。これはレプリカだそうで、右手のビルの間を歩き、東海道線や京浜東北線の線路に向かうと、堂々とした「大森貝墟」の石碑があります。
2メートルを超す高さでしょうか。「我国最初之発見 大森貝墟」と書かれています。モース博士像とともに、近くの道路には、釣手形、浅鉢形、深鉢形、注口など の土器の形が刻まれています。
さらに、池上通リを300メートルほど行くと、「品川区立大森貝塚遺跡庭園」があり、その中にもまた、「大森貝塚」の石碑=トップの写真=があります。今度は、横型の石碑で、文字は、「大森貝塚」と刻まれています。
縄文時代に関する掲示板があります。縄文土器の移り変わり、縄文時代のこの一帯の想像図、日本の縄文遺跡などがイラストや写真で紹介されています。
「縄文」という言葉は、モース博士の「コード・マーク」を和訳したものであることがわかります。
日本考古学の原点・大森貝塚 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
大森貝塚 (岩波文庫) [ エドワード・シルヴェスター・モース ]
大森貝塚はどこかの「本家」論争も
1877年の今日、モースが #大森貝塚 の発掘開始。汽車の窓から偶然に貝塚らしきものを目撃したモースが、東京・大森の現地を訪ね、先史時代の遺跡であることを看破しました。観察と実験に徹する科学精神をみごとに体現した、日本考古学の夜明けです。
モース『大森貝塚』☞ https://t.co/Xt6AwlUutZ pic.twitter.com/vzdmZMycQK
— 岩波書店 (@Iwanamishoten) September 16, 2024
この貝塚を巡ってかつて、「本家」論争があったそうです。もう40年も前のことですが、品川区側か、大田区側か、論争が過熱したといいます。
大田区側の「大森貝墟」は1930年(昭和5年)、そして、品川区側の「大森貝塚」はこれに先立つ1929年(昭和4年)にそれぞれ建てられましたが、モース博士が発掘場所を「大森村」とするだけで詳細に書かなかったことから、どちらが本当の発掘場所かの論争が続きました。
1984年までの調査で、当時の東京府が品川区側の土地所有者に調査補償金を支払った事実が判明し、その一帯で貝層も見つかったことから、やっと、品川区側が大森貝塚跡であることがわかりました。
「本物」論争というと、松尾芭蕉が、おくの細道に出立した場所(千住大橋の北側の足立区か南側の荒川区か)を巡るものを思い出しますが、歴史のロマンもあって、史実が一層、脳裏に刻まれます。
まとめ
【#今日は何の日】
1877年の今日、エドワード・モースが大森貝塚の調査を行いました。その後何度も来日して日本の考古学や人類学に貢献し、85歳のときに自宅のあるセイラムで死去。遺言により、蔵書は東京帝国大学に寄贈されています。●画像は『日本大百科全書(ニッポニカ)』、項目「貝塚」。 pic.twitter.com/SeoDOgu5hB
— 小学館 辞書編集室 (@shogakukanjisho) September 16, 2024
大森貝塚を巡る論争はもう、40年前のものですが、どちらの記念碑からも、モース博士の偉業を称賛しようとする熱意が伝わってきます。
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