ソメイヨシノとは どんな由来、特徴がある? 開花時期は? ソメイヨシノの里を歩くと

 日本の桜の約8割を占め、毎年春、多くの人々を魅了するソメイヨシノ。そのソメイヨシノの由来、特徴、そして、開花時期はどうなっているのでしょうか。江戸時代の染井村で、植木職人が活躍した様子を想像しながら、ソメイヨシノの里(東京・駒込)を歩くと、その由来や特徴などがよくわかります。

ソメイヨシノとは

 オオシマザクラとエドヒガンザクラの交配種と言われています。日本には、これら2種を含めた11種の野生種をはじめ、約140種の桜がありますが、ソメイヨシノはそのなかでも、日本を代表する桜として知られています。

 沖縄・九州で3月下旬、開花宣言が発せられると、桜前線は日本列島を順々、北上して、多くの人々の関心を引きます。

 淡いピンク色の花が花見で人気の理由です。成長が早く、花も早く咲き始めるのが特徴で、明治政府が全国各地に植樹し始めると、一気に普及しました。公園や城跡、川沿い、湖畔、学校、役所など至る所に、ソメイヨシノの名所ができています。

DSC_9208

「染井𠮷野桜発祥の里 駒込」の案内板

ソメイヨシノの由来

 JR駒込駅を下車して少し歩くと、「染井𠮷野記念公園」があります。ソメイヨシノの木はそれほど多くありませんが、この公園の中に、江戸時代の町の風景を描いた1枚の絵があります。「染井之植木屋」のタイトルの下、松の大木が立ち、植木鉢が並ぶ植木屋の様子などが捉えられています。

 今、染井通りとなっている場所には江戸時代、柳沢家や藤堂家などの大名屋敷があり、広い庭園の手入れに近くの農民が駆り出されたのが、植木屋の始まりだといいます。

 染井村の植木職人は、植物の交配を繰り返しながら、多くの新品種を生み出したそうで、ソメイヨシノもその一つです。植木屋の伊藤伊兵衛が江戸末期、「𠮷野桜」として売り出しました。

 花の美しさと豪華さが持ち味で、明治33年、発祥の地にちなんで、ソメイヨシノ(染井𠮷野)と命名されました。奈良の吉野桜とは異なる品種で、その𠮷野桜との違いを強調するために、ソメイの名が加えられました。

 私たちが今、春の美を楽しめるのは、この染井村の植木職人のおかげとも言えます。

DSC_9219

「染井之植木屋」の絵

ソメイヨシノの里の開花時期

東京・駒込のソメイヨシノの里では、3月下旬から咲き初め、4月上旬、満開となります。

 染井通り

 駒込駅から北西に延びる染井通りでは、マンションや一軒家、児童公園、天理協会などのそばで、ソメイヨシノが咲き誇ります。満開のソメイヨシノは圧巻です。

 江戸時代、この通りの両側に、大名屋敷や、植木屋が立ち並んでいたことを想像すると、歴史散歩を楽しむことができます。ソメイヨシノは、いろいろな歴史を見つめながら、生き続けてきました。

DSC_9237

染井通りのソメイヨシノ

DSC_9251

マンションの近くにもソメイヨシノが咲く

DSC_9255

天理協会前のソメイヨシノ

DSC_9259

天理協会前のソメイヨシノ

 染井霊園

 染井通りをさらに進むと、染井霊園に至ります。二葉亭四迷、岡倉天心、水原秋桜子、山田美妙、高村光太郎ら多くの文豪が眠る霊園ですが、園内には、ソメイヨシノの大木があり、その美しさが一際、目を引きます。霊園内をゆっくり歩くと、心が休まります。

 「桜物語」のパンフレット(染井よしの桜の里駒込協議会)によると、万延元年(1860年)に来日した英国の植物学者ロバート・フォーチュンは、4000坪の敷地で、鉢植えや路地植えの植物が売られているのを前に、「世界どこに行っても、こんなに大規模に、売り物の植物を栽培しているのを見たことはない」と語ったといいます。

DSC_9268

染井霊園入り口付近のソメイヨシノ

DSC_9273

染井霊園入り口付近のソメイヨシノ

DSC_9292

染井霊園内のソメイヨシノ

まとめ

 歴史を経て、多くの人々に愛され続けてきたソメイヨシノ。ソメイヨシノの里を訪れて、その美しさを楽しんだらいかがでしょうか。いい思い出になる小さな旅になるはずです。

写真は、満開時の桜です。

スポンサードリンク

スポンサードリンク